自分勝手father

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都内イベント/マンガ/webマンガ。時々大学。たまにワーホリ。そんなブログ

「学生時代が人生の中で一番自由で楽しかった。」というのは、日本の大人の努力の表れなんじゃないかな。

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一番かどうかは分かりませんが、学生時代って間違いなく楽しいですよね。

 

こんにちは。Tom.o.White(@tw_dialmmm)です。

 

 

自分でブログを始めてから、海外で生活をする同年代のブログをよく読むようになったのですが、その中の一人にオランダ在住で個人事業主として生活をしているMariさん(@Mariholland_)という方がいます。

彼女はオランダの移住サポートなどをしながら、今年の秋には大学講師として教鞭を振るうという何ともエキサイティングな人生を送っています!笑

僕が憧れる生き方の一つですね。

 

 

そのマリさんのブログ「Mariholland-新卒の会社を辞め、オランダの個人事業主でゼロから挑戦中」で最近このような記事が書かれていました。

mariholland.com

 

この記事に対して、僕はとっても共感しました。

 

人生のうちで、最初の約4分の1だけが楽しくてあとはつらいだけなんて、そんなの絶対おかしい。

他の大人たちは、諦めているのか受け入れてしまっているのかわからないけれど、僕はそんなこと認めたくない。

どうにかして、死ぬまで楽しく生きていたい。

海外生活を目指していているのは、そういう気持ちからでもあります。

 

 

ただ、この記事を投稿したあと、彼女は自身のTwitterで以下のようなつぶやきをしています。

 

 

このツイートに対して、僕は何か自分のなかで引っかかったのを感じ、彼女にリプライを返しました。

 

 

それに対しての彼女からの返答。

 

 

んー。なんというか釈然としない……。

とても丁寧にお返事いただいてるのはわかるのですが、僕が言いたいことが伝わっていない感じがする。それは僕の日本語力不足のせいなんだけども!

 

そのあと、Twitter上では特に議論を交わすことなく終着しました。140字は意見を交わすには手間がかかりすぎる気がして。

 

そんなもやもやを抱えながら数日。

せっかく言いたいことがあるならブログに書き殴ればいいじゃない!と思い立ち、そんな気持ちのもと、僕が彼女のツイートに感じた引っかかりを説明していこうと思います。

 

 

「学生時代が一番楽しい」発言をするのはどんな立場の人か?

「マリさんは『学生時代は失敗のリスクがないから楽しめた』と考える人がいるようだが、それは社会人になって失敗のリスクを恐れて何も行動しない大人の言い訳だと感じている。」と僕は解釈しています。

 

これに対して僕は、その発言者の真意はほんの少し違うところにあるんじゃないかなと思いました。

大抵の場合、日本社会において社会人になってリスクを恐れて動けなくなるのは家族を持った既婚者です。

もちろん家族を持つ人でもリスクを恐れず挑戦し続ける人はいますが、それは一握りの尋常ならざるパワフルさを持ったスーパーマンたちです。

 

多くの日本人は、社会の荒波に揉まれ、抗うことに疲弊し、事なかれ主義へと身を委ねていくきらいがあります。

この風潮は、結果的に組織の発展を妨げることへとつながっていくため、決して良いことではありません。

しかしこれによって得られるただ1つのメリットがあります。

それは自分の家族の日常を守ることです。

 

極論、独身であれば、自分で自分の身を案じさえすればよいと思います。

「自分の好きなことで生きていく」それは全部自分で自分のことを世話していくことを意味します。もちろんそういう生き方をする人は、覚悟があってやっていることでしょう。新しいことを始めるのも、何かと決別するのも自分自身。

たとえ組織に反対して、社会に抵抗して、島流しにあったとしても、その苦しみを味わうのは自分だけだし。

 

でも家族がいる人はそれだとけっこうしんどいです。

生計を一にしているわけだから、自分の収入減は家計の収入減。

ましてや、新しい分野に挑戦することはおろか、レールを少し逸れただけで「人として難あり」とみなす日本社会です。

俺は好きなことで生きていくんだ!と啖呵を切ったのはいいものの、明日のごはんを買うお金もないことだってあり得ます。

 

きっと誰もがやりたいことを秘めているんです。

それでも家族の日常を保つため、子どもの健やかな成長を願うために、彼らは喉元で自分の欲望を飲み込んでいるんです。

 

 

失敗のリスクっていうよりは

ここまで何度か「失敗のリスク」という言葉が出てきてますが、大人たちはほんとに失敗した後のリスクを恐れて何もチャレンジできないのでしょうか。

僕は、不明瞭なことに対して不安やストレスを家族に感じさせたくないから、新たなフィールドへ飛び込まない大人が多いのだと思います。

 

マリさんは「旦那のことでストレスを抱えて生きていく必要も無いと思います。」と言っていました。

言いたいことはわからなくもないですが、いささか理想論すぎるのではないかと感じます。

 

生活を共にしている以上、自分のイライラやピリピリした雰囲気は伝わります。普段職場の同僚や上司のものでさえ察することができるのだから、家族のものなんてなおさらです。

 

たとえば転職活動をしているけどうまくいかない、なんてときはどう考えてもストレスフルな雰囲気に包まれるでしょう。

もし本人がとてつもなく楽観的で転職が決まらないにもかかわらずお気楽な心境だとしても、パートナーとしてはその宙ぶらりんな状態そのものが不安でたまらないかもしれません(うちの妻がそれでした)。

 

そんな不快な状態を家庭に持ち込みたくないから、日本の大人たちは「失敗するリスク」という言葉を使って、自分が行動しない理由として表現しているのかもしれません。

でもそれは家庭内の安寧獲得の裏返しでもあるんですよね。

 

 

「それでもやりたいことはやればいいじゃん」って思ってやった結果

ここまで散々保守的な意見を述べてきましたが、僕自身は「やりたいことはやらなきゃ気が済まない」タイプの人間です。

前職の仕事内容が嫌で嫌で仕方がないから休職期間もらって過ごしてたし、復職センターに通いながらいろいろ考えた結果復職するのは無理だと思ったから転職してきました。

 

結果として、今は心身ともに健やかに仕事に臨めているし、金銭的にもそこまで変わることなく過ごせています。

それでも、妻に言わせると「毎日が不安で仕方なかった」そうです。

僕はそれを後になって聞いたのですが、当時自分ではあまり悲観的に考えてなかったので、正直言って面食らいました。

 

マリさんは「パートナーとしてできることはいくらでもある」といいますが、結局のところその人の生き方を決められるのは本人だけです。

パートナーとしていくら努力して辛抱強く支えてくれていても、本人の生き方がはっきりしない限り、それ以上のことはできません。僕の妻はそこに無力さを感じ、ひどく葛藤していたようです。

 

これは僕の家庭の実体験(ある意味で失敗談)ですが、リスクを恐れずやりたいことをやった結果、家族に多大なストレスを与えていたという1つのエピソードです。

自分が新しいことに進んでチャレンジしても、家族は同じ温度でついてきてくれるとは限りません。

もしかしたら日本の社会人たちは、そこまで配慮して自分のやりたいことを押し殺しているのかもしれません。

 

 

「学生時代が一番楽しい」という言葉は「今を大事にしていない」ということではない

「仕事がつまらない」「残業が長すぎる」「仕事が自分に合ってない」などなど、不満ばかり言いながら「学生時代が一番楽しかったなー」とか管を巻いてる奴らに対しては、「それなら好きなことやればいいじゃん」でいいと思います。僕も絶対言うと思う。

 

でも「学生時代が一番自由で楽しかったから、精一杯遊んでおけ」という人全員がただただ何も挑戦せずに現状に甘んじている人間ではないということを知ってほしい、というのが僕の思っていることです。

なぜなら、そんなアドバイスをくれる人は「今の状態を大切にしたいから、楽しさではなく安寧を選んだ」人たちであるかもしれないからです。

決してそれは甘えや言い訳からくる言葉じゃない。彼らが覚悟を持って選んだひとつの生き方を送るなかで、自分たちの人生を振り返ったときに「学生時代が一番自由で楽しい」というあくまでも客観的な事実を教えてくれているんです。

 

そんなこと、もしかしたらマリさんにはわかっているのかもしれませんが、やりたいことばかり追いかけてその結果家族が離れていった僕としては、日本でおとなしくしてる大人が全て甘えてるってわけじゃないんだぜということを文章にして伝えたくて記事にしました。

 

 

最後に言っておきたいのですが、僕はマリさんを尊敬してますし、応援している一人です!

秋の大学講師としての取り組みも非常に楽しみにしています!

今後の彼女の生き方が、日本人のライフスタイルのかたちを広げていくことを期待しています。

 

 

 

Tom